杉原千畝の物語

こんにちは。

あっという間の3月です。

 

 

本日は舞台のお知らせをさせていただきます😊❣️

 

杉原千畝物語  オペラ「人道の桜」

 

わたしは出演しておりませんが、千畝の妻 幸子 がおどる、さくらさくらの振付をしました。

 

ほんとに短い時間ですが、短い時間だからこそ、一振りひとふりに想いを込めたつもりです。

 

 

🌸

 

さくら並木を歩きながら、満開のさくらの中で、幸子は千畝とこの道を一緒に歩いたことをおもう。

 

自分の姿を見ると、あの頃より少し年をとったかしら…

けれども、桜はあの頃のままね。

 

千畝さんは、大勢の命を、ひとひらも逃さず救おうとした。

あの人はとても素晴らしい、誇らしい人…

 

これからあの人のお話しを、みなさまにお聞かせいたしましょう。

 

🌸

 

 

このおどりは、冒頭にあります!

 

この部分で、いらしていただいたお客様の心に、桜の花がうつるようでしたら幸いに存じます。

 

 

これは、わたしの思い出話しですが、小学生の頃「シンドラーのリスト」という映画がすきでした。

 

すきと言っても、ナチスドイツがユダヤ人を迫害するシーンがたくさんあって、目を覆いたくなる箇所もありますが、何回も何回も見てました。

 

ずっと見てないんで曖昧かもしれませんが、ユダヤ人は、ナチスの兵から見つからないように、ボットン便所の中に身を潜めたり、生き延びた時の為に、宝石とかをパンに包んで飲み込んだり、身ぐるみ剥がされて毒ガスを撒く檻の中に閉じ込められたり、死んだら死体は山積みで埋葬もされない、家族で縦に並んで一気に射殺とか、、

ほんとにひどいシーンがたくさんあった記憶があります。

 

今では冷静にこれが実話ってことにショックをうけますが、その時はまだ10歳前後でしたので、正直、、

なんだこれ!?

なんでこんなに人を平気で殺すんだ!?

なんで偉い人は、女の人と部屋でゆっくりしてて満足げなんだ!?

…って、複雑な思いと疑問が頭をぐるぐるしてました。

 

けど、最後シンドラーが亡くなった時、長蛇の列の人たちが別れを惜しんだシーンが、こどもながらに心が救われて、シンドラーはすごいんだなぁ、と安心したのも覚えてます。

 

昔すきだった映画のシンドラー。

そして、この度日本のシンドラーと言われる杉原千畝の物語に、この度携わることができ、とても光栄ですし、わたし自身も楽しみな舞台です。

 

この舞台が終わったら、もう一回ゆっくり「シンドラーのリスト」を見ようと思います。

 

 

杉原千畝物語  オペラ「人道の桜」は、今月25日!!!!!

新宿文化センター!!!!

14:00〜と18:00〜の二回公演です!!!!

 

わたしは終日劇場にいます😌

 

当日お待ちしております🎶🌈

 

 

 

コメント

  1. 六月坂のシゲ より:

    こんばんは、また近所のじじいです。
    オペラ「人道の桜」の振り付けを担当ですか!ご立派です。流石は東京芸大で博士号を授与されただけの事はあります。

    杉原 千畝にも通じるシンドラーのリストを10歳ごろに
    何回も見たのですか、それは刺激が強すぎるでしょうね。
    ナチスの軍需工場で莫大な富を築き、それをユダヤ人救済にむけるシンドラーと、独との同盟を前に国命に背いてピザの発給を続けた日本人外交官、、二人の人間愛には深い感銘を覚えます。

    ところで私も6月半ばに九州移転で、関東での長い付き合いに挨拶しているところです。ですが一昨日に故郷会より
    人手が足りなくてどうしても手伝って欲しいとの連絡です。
    そんな訳で、5月末の関東志布志会ではまたよろしく^^

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